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  ■ ベトナムの世界遺産
 
文化遺産  
 
 

フエの建造物郡
市内は香江を挟んで旧市街と新市街に分かれ、中心は新市街にある。
旧市街は碁盤の目状の方形都市であり、その南側に世界遺産の王宮南門、宮殿と帝廟がある。
一部には園宅(ニャーヴオン)と呼ばれる旧貴族・皇族の住宅が残っており、首里城や京都御所のような佇まいがある。
嘉隆帝(ザロン帝)が1805年から造営させたフエ城の城郭は、フランス帰りの建築家黎文学(レー・ヴァン・ホク)が設計したもので、
五稜郭と同じフランス式の星型城郭で、ヴォーバン様式と呼ばれる。城郭内部の建築は構造的には中国建築とは無関係な
ベトナム特有のもので、全国から招聘された職人の流派の影響で北部・中部や會安(ホイアン)華人の様式が融合している。
後期の建築物にはこれにフランスの影響が加わる。阮朝第4代嗣徳帝(トゥドゥク帝)は広南阮氏の正史『大南寔録正編』を
編纂させたことで知られるが、建築も大々的に行い、現存する市内の王宮及び郊外の帝陵は彼によって整備された。
第二次世界大戦終戦までは宮殿の全ての建物が残っていたが、フエはベトナム戦争で激戦地となったために多くの建物が破壊
されてしまった。現在、復元に向けた調査などが行われている。
 
 
 

ホイアンの古い町並み
チャンパ王国時代からの古い港町で、16世紀にチャンパは南に後退し、フエに広南阮氏政権が樹立されるとその外港となった。
ホイアンの名称はその頃に成立したと思われる。
16世紀末以降、ポルトガル人、オランダ人、中国人、日本人が来航し国際貿易港として繁栄した。この頃には中国人街の近くに
日本人街も形成された。間もなく日本の鎖国によって日本人は消滅してしまうが、ホイアンはその後も国際貿易港としての
繁栄を維持した。1770年代には西山(タイソン)党の乱によって町は完全に破壊されたが、やがて再建され、19世紀まで繁栄した。
しかし、ホイアンと海を結ぶトゥボン川に土砂が堆積して浅くなり、港の繁栄はダナンに移った。町はベトナム戦争時代に
破壊されることもなかった。
 
 
 

ミーソン聖域
ミーソン聖域はサンスクリットによる正式名称をシュリーシャーナバドレーシュヴァラといい、チャンパ王国の宗教
(ヒンドゥー教シヴァ派)の聖域であり、聖山マハーパルヴァタを望むクアンナム省ズイスエン県ミーソン圏谷にある。
ミーソンにはレンガ作りのチャンパ塔など7世紀から13世紀にかけての遺構が残っているが、ベトナム戦争当時の爆撃によって
かなり破壊されている。遺跡の近くを大河トゥーボン川が流れており、川の女神を祀る秋盆夫人祠とサンスクリット碑文がある。
トゥーボン川の中流には王都チャキエウ遺跡があり、河口には近世に日本人町が栄えた港町ホイアンがある。
チャンパ王国はサンスクリットによる正式名称をチャンパープラ / チャンパーナガラといい、シュリークシェートラ(ビルマ)、
ドヴァーラヴァティー(タイ)、カーンボージャ(カンボジア)、シュリーヴィジャヤ(インドネシア)などと同じ東南アジアにおける
中世インド化国家である。チャンパ王国は今日のベトナム中部沿海及び中部高原を支配した。その支配民族は不明であるが、
遺跡からはサンスクリット碑文と共にマレー系(オーストロネシア語族西インドネシア語派)に属する古チャム語碑文が出土して
おり、チャンパ人(古チャム人)は現在のチャム族の祖先であると考えられる。
ミーソンの現在の住民はモン・クメール系のベト族(キン族)であるが、本来はモン・クメール系のカトゥ族の勢力範囲であったこと
から、カトゥ族の祖先(古カトゥ人)もまた古チャム人と共にチャンパ王国の構成員であったと考えられる。
建造物はグプタ様式や先アンコール期の影響が見られる。建造物にはセメントや漆喰などの接着剤を使った形跡が無く、
チャンパ人の当時の技術力の高さを物語っている。チャム族の伝承によれば、チャンパの彫刻工人、建塔工人の多くは徴用労働者
として動員された山岳民族である。
周囲に住む山岳民族カトゥ族は現在でも有名な木彫職人を輩出している。ミーソン聖域は20世紀初頭にフランス人によって
発見され、フランス極東学院 (EFEO) のパルマンチェ、クレイらにより数次にわたり修復、補強がなされた。
ベトナム戦争後はポーランド文化財保護アトリエ (PKZ) のカジミエシュ・クヴィアトコフスキ、ベトナム文化情報省文化財修復公司のホアン・ダオ・キンらにより補強がなされた。
日本のトヨタ財団、アメリカのワールドモニュメントウォッチ財団による保護助成が行われ、現在はイタリア隊が調査を行っている。
また、2005年3月には日本の国際協力機構の技術協力によりミーソン遺跡展示館が完成した。
 
 
自然遺産  
 
 

ハロン湾
ハロン湾(ベトナム語: V?nh H? Long, 漢字: 灣下龍)は、ベトナム北部、トンキン湾北西部にある湾の名称であり、大小3,000もの
奇岩、島々が存在する。漢字表記は下龍湾。伝承では、中国がベトナムに侵攻してきた時、龍の親子が現れ敵を破り、
口から吐き出した宝石が湾内の島々になったと伝えられている。 現在は無人だが、約7,000年前の新石器時代にはわずかに
人が住んでいた。また、数世紀前までは海賊の隠れ家として利用され、また モンゴル軍の侵攻の際には軍事的に利用された。
彫刻作品のような島々の景観は、太陽の位置によって輝きが変化し、雨や霧によってまた趣のある雰囲気を醸し出す。
地質学的には北は桂林から南はニンビンまでの広大な石灰岩台地の一角である。石灰岩台地が沈降し、風化作用によって
削られ、現在の姿となった。
 
 
 

フォンニャ-ケバン国立公園
フォンニャ洞窟はベトナム最大の洞窟で、2億5千年前に形成された。フォンニャとは「歯の洞窟」という意味である。
美しい鍾乳洞により多くの観光客が訪れる。
9 - 10世紀にチャム族が仏教の聖域として利用し、1990年に英国の探検隊が地下及び水中の地図を作成し、総延長を計測した。
ベトナム戦争中は、武器庫または病院として利用され、アメリカ軍の爆撃の標的となった。
 
 
無形遺産  
 
 

ベトナムの雅楽
(ベトナム語:Nha nh?c cung ?inh Hu?(フエ宮廷雅楽の訳), 英語:Vietnamese Court Music Nha Nhac)は、
ベトナムの宮廷で演じられた雅楽である。胡朝時代(1400年 - 1414年)に誕生し、黎朝時代(1428年 - 1788年)、
阮朝時代(1802年 - 1945年)に宮廷儀式として確立された。宮廷の消滅とベトナム戦争による破壊により、一時消滅の危機に
瀕したが、1996年にフエ大学に宮廷音楽コースが設置され、2000年以降卒業生を輩出している。
2003年11月7日の第2回「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」において傑作の宣言を受けており、2009年9月に予定される
初の登録での世界無形遺産への登録が事実上確定している。2006年11月にフエ遺跡保存センター宮廷音楽合奏団が来日し、
コンサートを行っている。

ベトナム中央高原におけるゴングの文化的空間
(英語:The Space of Gong Culture)とは、ゴング(鐘)を中心とした生活を行ったベトナム中央高原の空間である。
17の少数民族が伝統的な農耕法・工芸の文化を築いた。ゴングは先祖崇拝やシャーマニズムという彼らの信仰において
中心的な役割を果たした道具である。ユネスコによって2005年11月25日の第3回「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」
において傑作の宣言を受けており、2009年9月に予定される初の登録での世界無形遺産への登録が事実上確定している。
 
 
 
 
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